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東京高等裁判所 昭和47年(う)3149号 判決 1973年3月23日

被告人 有馬こと小田原吉利

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九十日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人浅田清松および被告人本人作成名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

被告人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反を主張する部分について。

所論は要するに、被告人は昭和四十七年七月三十日窃盗被疑者として逮捕され渋谷警察署に抑留されたが、その際被告人じしん弁護人選任のため弁護士名簿の閲読を申し出たが警察官からこの請求を拒否された。これは被疑者の弁護人を選任出来る権利を妨げたことが明らかであるから、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があるというに帰する。

そこで記録を調査し当審における事実取調の結果をも加えて所論の当否について案ずるに

刑事訴訟法第二百三条第一項、第二百九条、第七十八条によれば、被疑者は身体の拘束を受けている場合に限り司法警察員に弁護士又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる。この場合司法警察員は被疑者にこの権利の行使の機会を与えその行使を妨げなければ足るものである。

被告人は昭和四十七年七月三十日午後七時三十分、窃盗を被疑事実とする逮捕状により逮捕され警視庁渋谷警察署に引渡されたことが明らかである。ところが被告人は弁護人選任のため弁護士名簿の閲読を司法警察員に申し出たところがこれを拒否されたというのである。弁護士の氏名、住所、事務所などを知ることは弁護人選任のための一つの便宜ではあろうけれどもこれが絶対不可欠の前提であるとまでは考えられない。すなわち被疑者は特定の弁護士または特定の弁護士会を指定するという方法で弁護人の選任を申し出ることができるのであり、この申出を受けた司法警察員はこれを当該弁護士または弁護士会へ通知する義務を負うのみである。所論のように弁護士名簿を閲読させなかつたからといつて被疑者に弁護人選任の機会を与えなかつたものでもなく、また被疑者の弁護人選任の権利の行使を妨げたとまでいうことはできない。従つてこれを前提とする論旨はその理由がなく採るを得ない。

(なお被告人は被疑者として逮捕された際弁護人を選任できる旨告げられなかつたと主張するが、かりに所論のとおりであつたとしても被告人自ら選任権があることを知つていたことは前掲被告人の行動によつても窺えるところであり、かつ被告人は起訴された段階では国選弁護人の選任を請求しており、これに基ずいて国選弁護人が選任され原審の審理においては終始その弁護人の弁護の下に訴訟活動がなされ格別被告人の弁護権の行使を妨げたともいえず、判決に影響を及ぼす訴訟手続の違法があるとはいえない。)

弁護人の控訴趣意ならびに被告人の控訴趣意中量刑不当を主張する部分について。

所論は要するに、いずれも量刑不当の主張である。

そこで記録を調査し当審における事実取調の結果をも加えて原判決の被告人に対する量刑の当否について検討するに、本件は原判決が認定判示するとおり、二件の窃盗行為(現金約二万円と電子計算機二台の窃取)であり、被害者はいずれも被告人の当時の勤務先である。このような本件犯罪の性質、態様ならびに被告人はこれまで昭和三十八年四月、殺人、窃盗の罪で懲役六年、同四十五年七月窃盗の罪で懲役十月に処せられていることを考慮すると被告人の責任は重いといわねばならず、本件について被告人の母の努力により被害弁償がなされ被害者の宥恕を得ていること、被告人の現在の心境など所論指摘の諸点を被告人のため十分有利に斟酌してみても原判決が被告人を懲役十月(求刑同一年)の実刑に処したこともまたやむを得ないところであり、これをもつて量刑が重きに失して不当であるとはいえない。

論旨はいずれも理由がなく採るを得ない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数中九十日を刑法第二十一条により原審の言い渡した本刑に算入し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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